■特別寄稿■労働者の共感と連帯をどう取り戻すか?!(自治労通信より)

2011年1月13日

トヨタ自動車の期間工の経験をもとにした「自動車絶望工場」の発表で注目を集め、以後、社会的弱者の立場に拠ったルポルタージュを数多く執筆している、社会派ルポライターの鎌田慧さんに、働くことの価値について寄稿していただいた。(2011.1 2 自治労通信より)
■特別寄稿■労働者の共感と連帯をどう取り戻すか?!(自治労通信より)

■ルポライター
鎌田 慧
青森県弘前市出身。
1990 年「反骨 鈴木東民の生涯」で新田次郎文学賞受賞。
1991年「六ヶ所村の記録」で毎日出版文化賞受賞。
近著に「狭山事件の真実」など著書多数。
長年に亘り自治労文芸賞審査委員。

■特別寄稿■労働者の共感と連帯をどう取り戻すか?!(自治労通信より)



■就職未定で希望が潰え去り自分に自信がなくなる若者達

  「大学は出たけれど」就職先がない、という悲哀は、まだ学生が「特権階級」だった戦前の不景気なころの話だった。が、2010年春に大学を卒業した5 人にひとりは、いまだ就活中、それにつづく2011年卒業者の内定は、前年よりもさらに6%減で、3年連続の減少となっている。
  「就活50 社」など、昔の学生には考えられない事態が進行している。50 社、といっても、50 社の面接を受けた、という意味ではなく、リクルートなど就活ナビサイトにアクセスしてエントリー、求人の資料を送ってもらい、個人情報や小論文を記述して応募した分もふくめてのことである。
  それでようやく面接に漕ぎ着けられるのだが、軒並み落とされると、社会にでる前からすでに希望が潰ついえ去り、自分の存在に自信がなくなってしまう。それでもどこかに就職できればまだしもだが、卒業後もなおどこにも採用されず、膨大な「不安定労働者」の群にまぎれこんで、派遣会社に登録、こんどは携帯電話で、ハケン先に送り込む細切れ雇用に依存する。
  さらに、「内定取り消し」や「新卒切り」などという企業の一方的な解雇などが横行している。「新卒切り」は、試用期間がすんだあと、退職を強要するやり口で、企業の雇用責任を回避した、いわば「足入れ結婚」のような人間の瀬踏みであって、人権無視である。
  このような企業の横暴は、不況を背景にしているのだが、そればかりでない。大学が大衆化して学生も二極分解、大卒の非特権化、単純労働力化がすすんだ結果である。企業のなかでも、基幹部分を担い、将来の昇進が期待される「長期蓄積能力活用型」(日経連の「新時代の日本的経営」1995年)と専門職以外は、切り捨て自由の「雇用柔軟型」に分別されている。
  それまでは事務要員だった高卒者が、現場労働力に「転落」したのは、50 年代後半からで、大卒の現場労働力化は80 年代からだった。転落しないための狭き門に殺到して「就活50 社」、それでもやはりハケン労働者になってしまう若者の不幸は、本人ばかりか社会的にも大きな損失である。
  大卒者の転落は、大学の大衆化によって学生が供給過剰になったことによる。その一方ではコンピュータ化によって、事務や営業にかかわる要員が削減されることになった。それと不況の長期化を理由とした、人員圧縮と過労死に至るまでの労働強化である。
  かつて、80 年代は学生の自宅に各リクルート会社から、何千社にもおよぶ求人資料が、段ボール箱でつぎつぎに届けられた。信じがたい売り手市場だった。電機会社などは、毎年工学系1000人、事務系300人、合計1300人の採用をつづけていた。地方大学の工学部学生も大量にかり集められたため、地場の工場の技術者の手当が難しくなったほどだった。そしていま、一転してリストラの時代である。
  学生がその時代の好況企業に殺到し、一旦不況になれば、志望とはおよそちがう業界にはいるのは、いまにはじまったことではないが、いまは極端な「ミスマッチ」になっている。
  「就職浪人」として翌年に再挑戦したり、大学院に残ったりするものもいるが、そのような余裕のないものは、辛うじて内定を得た不本意の企業にはいることになる。といって、会社はどこでもおなじということでは、けっしてない。

■若者たちの安らかな老後はこれからの政治のあり方に
  実はいま、わたしは、この原稿をピースボートという、若者たちが運営している船中で書いている。この船旅がはじまったのは、28 年前で、当初は戦争責任を否定した教科書検定にたいして、実際に戦争被害地のアジア諸国を船で訪問し、自分たちでたしかめよう、という趣旨ではじめられた運動である。その2、3年後から、わたしも講師陣にはいって協力している。
  会社をやめたり、乗客だったひとが旅の魅力に取りつかれたり、ボランティア運動からそのままスタッフになったり、いつも20 代の若者たちが中心になって運営してきた。
  いま、クルーズディレクターという船の責任者は(もちろん船長はべつである)、20 代後半の女性で、サブディレクターも20 代後半の男性である。彼らがほぼ600人の乗客(多いときは1000人) と50 人ほどのスタッフを率いている。
  これはどんな企業にもみることのできない、若者の自主運営であり、それでいながら28 年もつづき、地球一周は今回で44 周目、ギネスブックに掲載されるべき、奇跡的運行である。
  この船にいると、生き甲斐、働き甲斐とはなにか、と考えさせられる。
  スタッフには、かつての登校拒否児や暴走族やフリーターが多く、企業にいたことがあるというのは、ごくごく少数でしかない。そのぶん、自分の居場所をみつけたこともあって、モチベーションはたかく、たとえばポスター貼りや発展途上国への救援物資の収集などを熱烈果敢におこなっている。
  今回の乗客の半数は、定年後の男女といっていい。もちろん、自営業者もいるが、たいがいは、教員、公務員、サラリーマンOB、もしくはその妻たちである。残りの半数は20 代、30 代( 40 、50 代も若干いる)の若者たちで、学生が多いのは今回の特徴である。
  10 月中旬横浜出港、1月中旬横浜帰港だから、学生はまだ授業があるはずだが、乗船しているのは、就職の内定をえた4年生たちである。もう大学へはいかなくてすむというのも不思議だが、折り目正しい、優秀な学生たちである。大企業への内定者が多く、これから企業社会で活躍しそうな若者たちである。
  30代の若者たちに、ごく例外的には休暇をもらってきた、というのもあるが、たいていは退職組である。職業で多いのは、いつでもそうだが、看護師や介護士、社会福祉施設の職員などで、給料は安いにせよ、専門職で転職可能なひとたちである。ほかにも、教員やI T産業の技術者などがいる。
  看護師や介護士、あるいは知的障害者の施設などではたらいているひとたちは、休暇を取っている気分で、帰国したらまたおなじ仕事にもどりたい、という。休暇が世界旅行とは豪勢だが、ピースボートの経費は最低で99 万円だから、貯金ができる自宅通勤者にとっては、さほど困難ではない選択である。
  たまたまの偶然なのだが、いま船上で四大を卒業して、これから会社に入っていこうとする、いわば「勝ち組」の若者たちと看護学校や専門学校を卒業して、専門職として勤務してきたが、一旦やめてリフレッシュしようしている自由な若者たち、その二つの流れが、まるで対面交通のように擦れちがっている。そのまわりを定年まで全うして、いまは年金で悠々自適の老人たちがいる。
  これから企業社会にはいっていこうとしている若者たちが、いま定年を迎えて安らかな老後を送っているような老後を送れるかどうかは、これからの政治のありかたにかかっている。

■極端に分断、差別化される労働構造
  しかし、四大卒業だからといって、いまや安定した企業に入社できる保証はないし、どこかにはいれたにせよ、生き甲斐が感じられるような仕事に就けるかどうかわからない。それでも大卒の資格がないと会社にはいれないのも事実で、大学が就職予備校化したのは、いまにはじまったことではない。
  としたなら、高校生たちがやみくもに大学をめざすのではなく、自分の好みと能力に応じた技術を身につける、そのための専門学校を政府が援助して充実させ、卒業生の資格を保証し、福祉予算をふやして、福祉施設などの職場を安定させる必要がある。
  学歴信仰は崩壊したが、大企業信仰も地に墜ちた。わたしが働いたことのある自動車工場では、ベルトコンベアではたらく本工(社員労働者)は、「わしはこれしかできないもんで」と自嘲していた。ただ妻子を養うためだけの自己犠牲的な単調な労働のくり返し、その地獄から解放されるには、女性労働の賃金をたかめ、女性もはたらける環境をつくらなければならない。
  ハケン労働者だけを1ヶ所に集められてやる仕事(偽装請負)もある。その下に日系ブラジル人、さらに中国、ベトナムからの研修・実習生が存在している。と労働構造は極端に分断、差別化された結果で労働運動の責任が問われている。
  職場の民主主義、平等を問い直す運動が必要だ。人間的な労働とはなにか。労働者が人間として認められている。人格を尊重される労働である。労働条件の劣悪さはそこではたらく労働者への蔑視を産みだす。派遣労働者や外国人労働者、さらには民営化、業務委託の労働者の上にいて、安閑としている労働者の感性が問われている。
  おなじ労働者としての共感と連帯をどう取りもどすか、それが労働運動再生の課題である


 

 

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